教えること、教えられること

つい先週、母校で1コマ(90分)話してきた。

これまでの自分の作家活動について話したのだけれど、果たしてどれほど学生の皆に届くものがあったのだろうと、思い返すと少し落ち込みそうになる。つくってきた資料の動画が再生できなくて、途中で中断したりしたし、最初に教室の端まで声が届いているか訊くとか、そういうことをすべきだったし(内容以前だ!)。言葉のことを制作と絡めて話したかったけれど、しっかり伝わるところまで話せたのかも自信がない。

その反動で、ひとの話を聴きに行く機会がよけいに増えている。それはそれでいいけれど、自分と同じ世代で(下でも)、ちゃんと教える立場にたっているひとはたくさんいるのに、私ときたら与えてもらう側を堪能している。

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